稲を作って米を作らず

僕は「稲を作って米を作らず」という格言をさも当然のように普段使っているのですが、ググったら、そのような格言はヒットしませんでした。なぜ。

非常に当たり前の話で、稲と米は同じではないのです。食べられるところが米ということで。

立派な稲ができました。でも米は取れませんでした。ということがあるということです。

それはなぜかと考える=いかに効率よく収量を上げるかという難しい話になるんですが、

例えば、稲が1mを越えるくらいに立派に育ちすぎると草丈が高くなって、台風やちょっとした嵐で風に吹かれて倒伏します。倒伏すると受光体制が悪くなるので籾に入るデンプンがすくなくなって収量が下がります。

非常に立派な稲姿ができても、それが収量に繋がるとは限らない。特に草姿はとてもよかったけれど収量はいまひとつという場合に「稲を作って米を作らず」と言うのでしょう。

日記
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